2023年5月4日木曜日

『どうする家康』の観方・物語にする場合にはその人物のどの部分を重点的に描くかが大切

 『どうする家康』の観方・物語にする場合にはその人物のどの部分を重点的に描くかが大切

おたよりボックスに寄せられたおたより。

先生こんにちは。「どうする家康」わたしも毎週楽しく見ています。先日のYouTubeで先生が「NHKは時代考証はかなり念入りにやる」とおっしゃってましたが、ムロツヨシ演じる秀吉がぶっ飛び過ぎていて「あれはアリなのか?史実に属しているのか?」とちょっとだけ疑問です(ムロツヨシさん自身のお芝居は好きです)。先生はあの秀吉像についてどんな感想をお持ちですか?また、同ドラマ内の家康や信長の人物像についてもどう思われますか?

先に結論を言っておくと、「本当にNHKは丁寧な仕事をするなあ」というのが実感です。

むしろ、『どうする家康』で描かれているムロツヨシの秀吉像のほうが史実に近いですね。本能寺の変のあと、備中大返しに成功したあと、織田の家督を乗っ取っとってゆく秀吉の言動はかなり粘着質かつ陰湿です。

草履取りの雑人から努力だけで天下人になる、出世の階段を無邪気に駆け上がる陽気な部分だけに光が当たりがちなのと、そのほうが描きやすい。

かつて竹中直人が豊臣秀吉を演じたとき、熱血上昇志向にいちゃんと、天下人になってからの下品で野望と欲望まみれな俗物を、演じわけていて、凄みがありましたが、あれは「秀吉」の視点から描いていたので、そうした変化があった。

徳川家康と秀吉との接点は、本能寺以前は、「金ケ崎の戦い」「姉川の合戦」「長篠の戦い」ぐらいで、実はそんなに多くない。

家康の視点からみた秀吉、ということ。家康は天下人になったあと、今川も織田も武田もほそぼそだろうが、家名を維持しましたが、豊臣だけは徹底的に破壊しました。これは徳川家康は、秀吉の存在に対して、よほど不快か、個人的な嫌悪感を覚えていた、とみるのが妥当なところで、そこから考えると、ムロツヨシの、一方的に不愉快な役づくりというのは、いい方針だと想います。

物語に登場する人物を描くとき、「誰の目からみた、どういう面を描くか」というのは重要です。織田信長は残忍で冷酷な面があるのは確かですが、その一方、羽柴秀吉や長男の織田信忠には、信じられないほど無防備で温情に満ちています。

徳川家康は、大人物のイメージがありますが、実際の書簡や記録などをみると、かなり気が小さく、器量の小さい人物だということがわかっています。家康は脇役にまわることが多く、大人物の面しか描けないことが多いのですが、今回は家康の気の小ささ・慎重さがぞんぶんに出ていて、嬉しいですね。徳川家康とは『金ケ崎の四人』以来、十年ぐらいの付き合いになりますが、書けば書くほど家康の凡人っぷりには驚かされます。

NHKの『どうする家康』、主演が松本潤だと聞いて──というか、実はマツジュン知らなかったんですが、こんなにいい家康なんだ、としみじみしています。

最新の時代考証なども織り込まれているので、続けてご覧になることをおすすめします。

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